LGBT働きやすく ハラスメント禁止に
社内や飲み会の場で、何気なく口にしたウワサやからかいの言葉が性的少数者(LGBT)を追い詰める「SOGIハラスメント」が問題になっている。5月には職場でのパワーハラスメント防止を企業に義務付ける関連法が成立し、LGBTへの差別的な発言や嫌がらせなどSOGIハラへの対策も盛り込まれた。先行して対応する企業は少数派だ。多様な人材が働きやすい環境をつくる対応が問われている。
「お前ってアッチなんじゃないのか」
都内で会社員をしていたゲイの男性は飲み会のたびに、しぐさや容姿などを同僚や上司にからかわれていた。仕事に不満はなかったが、からかわれるのがつらくなり、男性は退職した。LGBTに関する法制度に詳しい寺原真希子弁護士は「悪意や敵意がなくても明確なSOGIハラだ」と指摘する。
SOGIハラとは、恋愛感情や性的関心が向かう先を示す性的指向(Sexual Orientation)と、自身が認識する性別を示す性自認(Gender Identity)の頭文字にハラスメントを付けた造語だ。性的指向や性自認に関する差別的言動やいじめ、暴力などを指す。
5月に成立したパワハラ防止関連法の付帯決議には企業はSOGIハラに対策をとることが盛り込まれた。対策を講じない企業は厚生労働省から勧告を受ける可能性がある。
早ければ大企業は2020年4月、中小企業は22年4月にも防ぐための措置を義務付けられる。具体的な内容は今後出る指針で明らかになる見通しだ。専門家の間では「男女雇用機会均等法のセクハラ指針と同様のことが記されるだろう」(寺原弁護士)と考えられている。例えば就業規則の改定や、研修などでSOGIハラを防ぐための方針の周知や啓発、相談窓口の設置といった相談体制の整備、被害者へのケアや再発防止策などが想定されている。
これまで日本企業のSOGIハラ対策が取りあげられることは少なかった。被害を訴えることが自身の性的指向や性自認を明らかにするカミングアウトに通じてしまうため、二の足を踏むケースが多いためだ。「会社が設けた窓口に相談がないから『ウチにはSOGIハラはありません』と主張する担当者がいますが、大きな間違い」と独立行政法人労働政策研究・研修機構の内藤忍副主任研究員は話す。
日本労働組合総連合会(連合)の調査によると、職場で約2割の人がLGBTに関する差別を見聞きしたと答えている。被害者は誰にも相談できず退職してしまうことが多く「経済的損失は大きいのに、対策の重要性を認識している人が少ない」(内藤氏)。
SOGIハラ防止には、きめ細かな配慮が求められる。LGBTの視点で、社内の制度を改めて点検する必要がありそうだ。例えば、同性カップルでも異性婚と同様の福利厚生手当を認める制度を設けている企業では、パートナーを同僚や上司に紹介することを手当を受ける条件としている場合がある。寺原弁護士は「不正な受給を防ぐ狙いがあると考えられるが、不必要なカミングアウトを強制しているとすればハラスメントにあたる」と指摘する。著名企業でも徐々に同性カップルにも様々な福利厚生手当を認める事例は増えている。ただ利用を表明するカップルは数少ないのが現状だ。
カミングアウトを避けたい社員が利用しやすい制度をどう整えるか。アクセンチュア人事部の東由紀シニアマネジャーは「日本社会ではカミングアウトのハードルが欧米と比べても高い。実態を考慮した制度作りが必要」と話す。同社では自身の性的指向などを明らかにせずに人事制度や福利厚生の問い合わせができる。対応するのはヒトではない。ボット(AI=人工知能)だ。
日本オラクルでは、性的少数者が福利厚生制度を利用する際に最低限の情報開示で済むようにしている。例えば結婚祝い金を受け取る場合などは、人事部の担当者に伝えるだけで直属の上司には伝える必要がない。
日本たばこ産業(JT)は、社内のハラスメント防止ガイドラインにLGBTに対する差別的な言動を禁止することを明記している。常に受講できるオンライン講座も用意し、受講した人にはLGBTを支援する人だということを表すステッカーを配る。若手を中心に自主的な勉強会も開かれており、社内での理解が進んでいるという。人事部の多田羅秀誠次長は「様々な価値観を受け入れる雰囲気が社内で根付いてきた。新たなビジネスを生み出すことにもつながる」と話す。
企業にとってSOGIハラ防止の対応は就業規則の改定や相談窓口の設置といった「形式的な対応だけであれば難しくない」(寺原弁護士)。だが、本当に求められているのはLGBTの人々も含めて多様な人材が自分らしく働きやすい環境を提供することだ。予期せぬ人材流出を防ぎ、成長し続けるために必要な条件となりつつある。
(渋谷江里子 氏)