性同一性障がい、瑚心すくいの「私の小さな人生」

1961年2月22日、私は福岡県で生まれました。

親戚が長崎、佐賀にいたので、どこも故郷と思っています。

 

そんな私は博多区で男の子として生まれました。

でも心は女の子として生まれたのです。男の体であることが嫌だったのです。

 

幼いころから、女の子と遊んだり、ままごとするのが好きでした。

でも周りは男の子の友達が声をかけてくるので一緒に遊ばなければだめでした。

女の子の言葉も使えません。立っておしっこしなければなりません。

こんな不幸はありませんでした。

 

中学生になると、その思いは一層強く

女の子の服を着たい、化粧をしたいとなっていったのです。

 

その時は大阪の淀川の近くに住んでいたので、

よく川岸まで行って川の木々で両腕を引っ掻き血が滴り叫びながら泣いたり
雪山に行って自殺しようかと思ったこともありました。

本当に苦しかったんです。

 

しかしある日中学校のピアノを貸してもらう機会があって「どうしても弾きたい曲」があったのです。財津和夫(チューリップ)の「青春の影」でした。いい曲だったので練習しました。

それから自分の思いを曲にすることで少しばかり気を紛らわすことができたのです。

 

それで音楽大学へいって、その世界に入りました。

ただいくつになっても女の子への憧れは捨てきれません。

20台30台を過ぎ52歳の転職を機会に職場でカミングアウトすることに理解を得て

それからはずっと女性として生きています。

見た目はブサイクですが、ありのままの姿で生きることの素晴らしさをかみしめて

今は頑張っています。