同性婚実現も強まる反発 台湾
台湾で「性的少数者」(LGBT)の権利保護に取り組む関係者が危機感を深めている。5月にアジアで初めてとなる同性婚の合法化が実現したものの、保守派からの反発が強く、LGBTへの理解を促す教育を学校から締め出す動きも出てきたためだ。LGBTの権利擁護推進派は社会の理解を広げるため再結束を呼びかける。台湾が直面する理想と現実の落差は、同性婚を巡る議論が進む日本にも教訓になる。
9月末、台湾東部の花蓮。虹色の大きな布を手にした500人以上の人々が街を行進した。「花蓮にもLGBTがいることを知ってほしい」と訴えるパレードで、今年で9年目だ。
今回はテーマに中国三国時代の詩人・曹植の漢詩から「本是同根生」との言葉を据えた。このエピソードは、異母兄から死につながる難題を突きつけられた曹植が、「同じ根っこから成長した私をなぜ追い詰めるのか」と訴える内容だ。主催者団体の秘書を務めた地元の大学生、楊永清さん(20)は「LGBTへの差別はなくならず、むしろ強まっている」と話す。
台湾では2017年5月、司法院大法官会議(憲法法廷)が結婚は男女間が前提とする民法の規定が、「婚姻の自由と平等という憲法の趣旨に反する」との解釈を示し、同性婚合法化の方向が定まった。
ただこれを機に「父母のいる家庭のあり方が破壊される」などの反対論が噴出した。保守派は、同性パートナーの権利は民法改正で結婚そのものを認めるのではなく、特別法で保障すべきだと主張した。18年11月に実施された住民投票では、保守派の提案が72%の賛成票を集めて可決された。
同性婚に前向きな蔡英文政権は19年5月、「同性間の婚姻関係」を認める新法を成立させた。民法改正は避けつつ推進派が望む「結婚」も認める折衷案だ。新法の名称には結婚を示す文言はない。20年1月の次期総統選に向け保守派に配慮をにじませたが、反発は収まらない。
「政権を取れば(新法の)すべてを撤回させる」。最大野党・国民党の立法委員(国会議員)、頼士葆氏は総統選に向けこう主張した。また同性婚などへの抗議活動を機に発足した新政党「安定力量」は9月、来年の総統選と同時に投開票される立法委員選に向け、10人の候補を擁立すると表明した。教育部長(教育相)のポストを狙うといい、LGBTへの理解を深める教育政策の変更を目指す。
台湾は若者を中心に同性婚に前向きな層も厚いため、極端な動きが実現するとの見方は少ない。ただこうした声が上がること自体が教育現場に影響を及ぼしている。
「LGBTの子どもたちが悲鳴を上げている」。花蓮のパレードに参加した劉可婷さんはこう話す。LGBTに関する電話相談のボランティアをしているが、18年の住民投票などで保守的な論調がメディアをにぎわすたびに、「私は異常なのではないか」「社会から望まれていない」などの深刻な相談が増えるという。
台湾は04年に性別や性的指向に関する差別をなくすため「性別平等教育法」を施行し、小中学校で関連の授業の実施を義務付けている。ただ中西部・雲林県の中学校教師(36)は「多くの教師が消極的で、内容が形骸化している」と話す。「性認識が身体と一致しないのはおかしなことではない」、などの内容を積極的に教えれば父母から「子どもをLGBTにするつもりか」との抗議が出るからだ。
台湾はアジアで最も進んだ民主主義が根付くとされる。社会的マイノリティーにも寛容だが、世新大学の陳宜倩教授は「制度の進歩に一般世論が追いつかないゆがみがある」と話す。1987年に国民党独裁政権による38年間に及ぶ戒厳令が解除され、抑圧の反動で民主主義や人権保護に関する施策が急速に整備された。同性婚を巡る反発は、人々の理解が制度に追いついていない実態を示すという。
「課題は多いが、同性婚の実現は大きな前進だ」。同性婚の受け付け開始日である5月24日に同じ男性のパートナーと入籍した台北市の林玄さん(31)はこう話す。2人が働くケーキ店は結婚式などの特注品で有名だ。仕事などを通じ異性愛、同性愛を問わず交流の輪が広がり、6月にはこうした友人らを招き盛大な披露宴を挙げた。「時間がかかっても、理解を広げ違いを尊重し合うことはできる」と実感している。
26日には台北で毎年恒例のアジア最大級のLGBTパレードが行われる。今年のテーマは「私たちは良き隣人」だ。取り組みは逆風を受けつつも、新たなステージに進んでいるように見える。
(台北=伊原健作氏)